中桐 由起子さん(協力隊OG in 下呂市)

海外で気がついた日本の自然の魅力

父親が転勤族で、名古屋市、横浜市、各務原市などで過ごしてきた中桐由起子さん。進学は東京で、そのまま都内に就職し、メディアの最前線で活躍してきました。業界がクオリティーよりも効率を重視するようになってきたこともあり、29歳の時、見聞を広めたいとワーキングホリデーでオーストラリアへ旅立ちます。そこで出合ったのがパーマカルチャーというオーストラリア発祥の考え方。人間にとっての恒久的持続可能な環境をつくり出すためのデザイン体系を表します。

「簡単に言うと“自然と共に生きるためのデザイン”なのですが、それはなにも外国のことだけではなく、日本にもあることに気づいたんです。例えば障子は直接光を遮りながら、明るさはうまく取り入れ、拡散させるといったように、昔から実は当たり前のように暮らしの中にあるのです」と教えてくれました。

▲それぞれの得意分野を持った地域の人たちにも手を貸してもらいますが、もちろん中桐さん自身も大工道具を持って腕をふるいます。

手探りから協力隊の活動をスタート

オーストラリアに続けて、ニュージーランドでのワーキングホリデーを経て日本に帰国すると、「地域おこし」をキーワードにインターネットなどで検索。そこで見つけたのが下呂市の地域おこし協力隊の隊員募集。協力隊の業務内容については、農作物など、地域の資源を生かした地域おこし活動という大まかなものでしたが、思い切って飛び込み、下呂市での活動が始まりました。

実はこの時の協力隊は、下呂市としても初めての取り組みで、中桐さんたち1期生はまさに手探りからのスタート。「最初は地域行事への参加が活動でしたね」というくらい、地域にとけ込むことから始めました。そして米づくりをモデルにした農業体験を都会の子どもたちに伝える活動を通じて、中桐さんたち自身も里山の人たちとの交流を密にしていきます。2年目には、地域の人々と共に小学生を放課後に見守るサービス、アフタースクールを開校。さらには、途絶えていた地域の夏祭りの復活など、地域の人たち自身の発案による活動も増えていき、協力隊としての自信も深めていきました。

 

▲「ソラノイエ」プロジェクトは始まったばかり。地域や友人、家族などみんなの思いがひとつずつ形になっていきます。

 里と都会を繋ぐ架け橋に

実り多い3年の任期を終える頃、中桐さんにはひとつの理想の形が見え始めていました。「農業体験など1日で終わるのももったいないなと考えました。四季を通じて里山の暮らしに触れられ、普段は地域の休憩所として使え、そして都市と里山の人の交流の場があればいいのにと強く思ったのです」と振り返ります。その矢先、100年ほど前に建てられ、現在は住む人がいなくなった、屋根が大きく軒が低いことが特徴の益田造りの古民家を、所有者の厚意で貸してもらえることとなります。ここをふれあいの拠点にしたい、そしてこの再生にはぜひとも地域のみんなで取り組みたいと希望を伝えると、その意気に賛同した地域の人たちがそれぞれの得意分野を生かして手づくりのプロジェクトがスタートしました。「ソラノイエ」と名づけられたふれあいの拠点は2018年4月完成予定です。

中桐さんに聞きました!

移住に関する情報をどうやって収集した?

帰国して住むなら岐阜県とは決めていましたが、都市部ではないところを考えていた中、地域おこし協力隊の募集を見つけました。

移住に関して大変だったことは?

「協力隊」という名前のインパクトもあって、「地域の人からはどんなふうに見られているのかな?」とは思いました。あと実務的には草刈りは、結構、大変ですね。

現在の住まいは?

協力隊時代からの借家です。大家さんには大変お世話になっております。

現在の仕事は?

NPO法人を起ち上げ、市のPR活動やデザイン、ウェブの構築などを行っています。

これからの夢は?

「ソラノイエ」プロジェクトの完成に向け、田舎だからできる暮らしの楽しさを伝えていく仲間が増えると良いなと思っています。もちろん、まずは遊びに来てくれるだけでも良いです。何かを感じてもらえれば。

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