大塚 リサさん(子育て in 高山市)

大塚 リサさん

東日本大震災がきっかけで環境に敏感になりました

移住のきっかけは東日本大震災でした。生まれ育った千葉県で生活していた大塚リサさんでしたが、暮らしていた地域での生活に環境面で不安を感じていました。「子どもがまだ小さかったので、地域の放射線量は特に気にして移住先を選びました」と振り返ります。

候補地の条件は、山でスキーができ、川で泳げること。条件が合致する高山市は最有力候補でした。そこで、もっとも生活環境が厳しい冬に訪れ、その生活の様子見とスキーを一緒に楽しんだといいます。

オーストラリアでの子育てがきっかけで、まちづくりを学んでいたこともあり、高山市が「地域おこし協力員(高山市の地域おこし協力隊)」の人材を募集していることを知り、早速応募しました。移住促進の制度を利用し、学校や病院などのインフラを事前にしっかりとチェック。「移住後、次男が希少難病を患っていることが分かり、通院には岐阜市まで行かなければいけませんが、診療所は近くにありますし、県内にはドクターヘリもあります。生活をするぶんには、何も問題はないと思いました」と、高山市への移住を決めた当時の気持ちを話します。

▲海外でまちづくりを学んだ経験を活かし、移住後は地域おこし協力員として活躍。現在はまちづくりコンサルタントを務めています。

高山市は今も残る地域で子どもを育てる環境

地域は子どもに対する理解が深く、仕事で家を空けるときは地域の人が子どもの面倒を見てくれます。子どもを職場に連れて行ったりしましたが、最初に断りを入れておけば、後ろ指をさされるような思いは一度もなかったといいます。「おかげで、仕事で地域に恩返しができました。行政に女性も参加してもらおうと、集会の時には託児所を用意したり、市長を囲んで意見を出し合う女子会を開催したり。今では公の会に託児所があるのは当たり前になりつつ、それが高山市の住みやすさに繋がっていると思います」。

モンシロチョウの幼虫がサナギになって、成虫になるまでを、本ではなく間近で目で見て学ぶことができる。生態系を習うのではなく、暮らしの中で知ることができるのは、自然に囲まれている地域だからこそ。

地域の人と豊かな自然が子どもを育てていると実感しています。

▲夏はBBQに虫採り、冬はスキーや家でソリ。大自然に囲まれて暮らしていると熊が出ることもあり、新しく番犬の空吉(写真上)も家族の仲間入り。

必要なモノ・コトが無いならば、つくればいい

「地域おこし協力員の任期満了後、自営業でパート従業員を雇いながら、まちづくりに関わってきましたが、今は私自身の体調を見ながら事業を縮小しています。専門の病院は遠いですが、自然に囲まれた地域に住み続けたいです。長男は大学進学で、ここを離れざるを得ませんでしたが」。

サッカーが大好きな次男ですが、障がい者スポーツのCPサッカー(脳性まひ者7人制サッカー)をするためには、岐阜市まで行かないとチームが無いといいます。「無いなら、こちらでつくればいいだけですけどね」と大塚さん。無いことを嘆くのではなく、無いならつくる。それを受け止める土壌が、この地域にはあります。

大塚さんに聞きました!

移住に関する情報をどうやって収集した?

インターネットが中心です。20代の頃からまちづくりに興味があり、地域おこし協力員としての採用で高山市にやってきました。

移住に関して大変だったことは?

季節によって異なる生活の条件や、子育て環境についての情報収集です。

現在の住まいは?

一軒家を購入しました。

現在の仕事は?

地域おこし協力員の任期が満了した後は、個人でまちづくりのお手伝いをしています。

これからの夢は?

子どもの夢に付き合うことです。

Pocket