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interview

勢いで決めた移住
「ゆうきの里」白川町で野菜と人と向き合う

高谷裕一郎さん

- 有機農家

プロフィール

2015年に神奈川県横浜市から白川町に移住。

震災をきっかけに日々の暮らしを見直す

秋田県出身の高谷裕一郎さんは現在、白川町で暮らしています。大学時代は農学部で学び、卒業後は種苗メーカーに就職。年の4分の1は海外を飛び回り、産地や農場、研究所などを回る忙しい日々を送っていました。「仕事は充実していたものの、都市での暮らしに違和感を覚えていたことも事実。そんな時に起きたのが東日本大震災でした」。

故郷や横浜市の自宅には大きな被害がなかったものの、「大量生産」「大量消費」などといった生活のあり方を考え直すきっかけになりました。「地方へ移住したら有機農業にチャレンジしたいと考えていた」という高谷さん。移住先として頭に浮かんだのは、かつてクライミングで訪れ、印象に深く残っていた岐阜県でした。

▲標高700mほどにある山間の畑が高谷さんの農園。白川町は有機農業に積極的なことから、「ゆうきの里」として各地から注目を集めています。

研修から独立へ 思いの詰まった野菜を都市部へ

オアシス21(名古屋市東区)で、毎週土曜日に開かれている「オーガニックファーマーズ朝市村」の村長でもある吉野隆子さんを訪れた高谷さん。吉野さんを通じて知り合ったのが、白川町で有機農業に積極的に取り組む西尾勝治さんでした。「白川町の風景を見て直感的に『ここだ!』と思い、勢いで移住を決めましたね」と高谷さんは笑います。白川町には西尾さんが理事を務めるNPO法人ゆうきハートネットがあり、有機農業に取り組む同世代の移住者がいたことも、白川町に移住するきっかけになりました。

Uターン移住者でもある西尾さんのもとで農業研修を開始。国の制度である「農業次世代人材投資資金(旧・青年就農給付金)」の交付を受け、2015年から1年間の研修に励みました。

農学部を卒業し、種苗メーカーで働いていた経験があり、知識を持ち合わせていたものの、実際の農作業には様々な苦労があったといいます。周囲の協力に支えられながら、2016年に念願の独立を果たした高谷さん。現在は五段農園を立ち上げ、「農業次世代人材投資資金(経営開始型)」を活用しながら、農業に汗を流します。

環境になるべく負荷をかけない農業を心がける五段農園では、四季折々の無農薬野菜を栽培。野菜ボックスとして詰め合わせ、宅配販売しています。利用者の多くは、都市部に暮らす人々。宅配などインフラを活かしながら、地方から都市部へと新鮮な作物を届けています。

高谷さんが手がけた安心安全な野菜はもちろんのこと、野菜ボックスに添えられる通信とレシピが好評。スーパーマーケットではあまり見かけない野菜には、調理方法などを記しています。

手間暇がかかる有機野菜を栽培する上に、さらに出荷作業やレシピ作成などもすべて高谷さんが担当。その姿勢からは、野菜や人と丁寧に向き合うという高谷さんの優しい思いが垣間見えます。

五段農園ではSNSを積極的に活用。瑞々しい野菜の写真をはじめ、白川町での魅力ある生活を日々発信しています。

▲予約販売で資金の一部をまかないながら、高品質堆肥や苗用の土づくりを始めました。

高谷さんに聞きました!
移住に関する情報をどうやって収集した?

有機農業についてリサーチをしており、岐阜県白川町がベストマッチでした。

移住に関して大変だったことは?

移住というよりは、農業の実践に慣れないことも多く、苦労しました。それだけに、地域の方々には大変感謝しています。

現在の住まいは?

有機農業をしている仲間から大家さんを紹介してもらい、空き家バンク経由で入居しました。農園にも近くとても助かっています。

子育てについては?

小学校はスクールバスを利用。子どもも都会の学校と比べて、少人数ですがのびのびとした環境を楽しんでいるようで安心しています。

これからの夢は?

野菜ボックス、培養土、さらにはこの培養土で育てた苗の販売で、有機農業の発展に寄与したいです。